【讃岐寺のお約束】讃岐寺スタッフは皆様のお気持ちに寄り添います

浄土真宗の僧侶は「気持ちに寄り添う」関わりを大切にしております

浄土真宗では、阿弥陀如来という仏様の救いを讃えます。

阿弥陀如来はすべての命を分け隔てせずに、いつまでもどこまでも私たちとご一緒です。

それだけではなく、私たちを別物ではなく、「一つ」であると寄り添ってくれております。

だからこそ、阿弥陀如来が「よりどころ」です。

そのような阿弥陀如来の心を伝えていくのが浄土真宗の僧侶ですので、皆様の気持ちに寄り添う関わりを何より大切にしております。

「聞かせていただく」という寄り添いを大切にしたい

お坊さんは話す立場になることが多いですが、聞くことの方が大切だと思い知らされます。むしろ、励ますことで相手の心を落ち着けようというのは烏滸がましいことですよね。

※お坊さんという立場でお話しすると、聞いてくれてお礼も言っていただくので勘違いしがちですが、気持ちを吐き出していただくことが大切だと思います。

特に、お坊さんとして活動していると「愛する方の命が終わる苦悩」を感じることが多くあります。

そんな時、聞くことによる寄り添いしかできないです。

祖母を亡くしたお孫さんの言葉

あるご門徒様の家庭でのお話です。

そのご門徒様の家族には、よくご飯に呼んでいただき、休日は一緒に出掛けたりという関係です。

初めて僕を見たときはお坊さんの格好をしていたにも関わらず、年齢が近いこともあって完全に友達感覚でした。

ある日、そのお孫さんの祖母が亡くなりました。

死因は、冬の入浴による心臓マヒです。

年齢は90歳と高齢でしたが、とても元気な方でした。

正直、亡くなった実感がなく、お葬式でお勤めしている時はつらかったです。

お孫さんと、お孫さんの祖母の仲が良かったことを知っている人は多かったので、お葬式の前後に涙を流しているお孫さんを励ます言葉が聞こえてきました。

「元気ださんとおばあちゃんが悲しむよ」

「90歳まで生きられたら大往生やね」

そう言われて、無理に涙を止めようと頑張っているように感じました。

お葬式が終わり、火葬が終わった後に言われた言葉があります。

「まだ実感が湧かない。もっと生きていて欲しかった」

この言葉を聞いた時に、お孫さんは、ただ「もっと生きていて欲しかった」って気持ちを出したかったことを感じました。

苦悩を抱えている方に自分の気持ちを伝えても、相手が我慢するだけです。

それよりも、相手の気持ちをそのまま受け止めることが大切だと思います。

本当に相手が大切なら・・・

本当に相手が大切なら、自分の気持ちや自分の考えを相手に伝えるでしょうか?

それは、相手の気持ちを大切にしているのではなく、自分の意見を大切にしているすがたです。

相手の気持ちを大切に、ただ受け止めるだけで、相手の気持ちがラクになるかも知れません。

そんな関わりが大切だと思うところであります。